日本プロ野球史

■ 4月21日〜30日

4月21日

1992(平成4)

近鉄の野茂英雄投手が2ケタ奪三振42試合のパ・リーグ新。

 

1995(平成7)

オリックスの野田浩司投手はロッテ戦(千葉)19奪三振のプロ野球新記録を樹立。

 

2002(平成14)

近鉄の五十嵐章人選手がダイエー戦(大阪ドーム)に八番打者で出場し、5回に本塁打して

プロ野球史上6人目の全打順本塁打。五十嵐選手はすでに全ポジション出場もしており、

 

この2つを記録しているのは初めて。

4月22日

1983(昭和58)

近鉄・鈴木啓示投手が南海1回戦で延長10回を完投、史上4人目の通算300完投を記録。

 

1998(平成10)

ヤクルトは中日戦(神宮)1回に10打席連続安打(四球を挟む)のプロ野球新記録を樹立。

 

1999(平成11)

セ・リーグは緊急理事会を開き、危険球退場を明文化しアグリーメントに追加すること

を決める。危険球とは打者の選手生活に影響を与えるものと審判員が判断したもの。

 

2002(平成14)

プロ、アマ合同の全日本野球強化部長に、前巨人監督の長嶋茂雄氏の就任が決定した。

 

2004(平成16)

大学、高校野球を統括する日本学生野球協会は、プロ野球の選手や監督、コーチが退

 

団後、大学の野球部監督になることを認めると発表。

4月23日

1985(昭和60)

近鉄・仲根政裕選手、藤井寺の南海戦でプロ野球通算5万号本塁打。

 

1992(平成4)

西武の平野謙選手が史上初の350犠打。

 

1995(平成7)

ロッテ-オリックス戦(千葉)は強風で中止。強風中止はパ・リーグ初めて。

 

1997(平成9)

大リーグ(MLB)のコミッショナー事務局は、ロッテの伊良部秀輝投手に移籍問題に

関し、パドレスからヤンキースへの三角トレードの合意ができたと発表。

 

2003(平成15)

ヤクルトの高津臣吾投手が巨人戦(東京ドーム)で、プロ野球新記録の通算230セーブを

達成。

 

2004(平成16)

巨人は阪神戦(甲子園)3回に仁志敏久選手が本塁打を打ち、開幕からチーム18試合連続

 

本塁打で、69年の阪急の17試合連続を更新するプロ野球新記録(33試合まで伸ばす)

4月24日

1953(昭和28)

福井盛太コミッショナー、相つぐ球場トラブルに対し両リーグに勧告。

 

1958(昭和33)

平和台球場、ナイター設備完成。

 

1979(昭和54)

新発足の西武が、南海に42で勝って開幕12連敗をストップし、記念すべき初勝利を飾

った。

 

1997(平成9)

 

実行委員会で海外への選手の移籍は「自由契約選手」として行うのを決定。

4月25日

1965(昭和40)

小倉(現北九州)球場にナイター設備完成。

 

1990(平成2)

日本ハム・柴田保光投手がドームの近鉄戦でノーヒット・ノーラン。

 

2003(平成15)

横浜は417敗で勝率.19020試合以上経過して1割台はセ史上6球団目だが、横浜は2

連続だった。

 

2004(平成16)

 

セ・リーグで巨人のみが負け越し(812)の珍現象。

4月26日

1949(昭和24)

巨人の川崎徳次投手は大映戦(金沢)で投手では初の1試合3本塁打を放つが、被本塁打8

も新記録だった。

 

1977(昭和52)

近鉄の鈴木啓示投手が、ドラフト制度後の入団投手で初の200勝達成。

 

1994(平成6)

イースタン・リーグ、ヤクルト-西武戦で史上初の両チーム無安打試合。

 

1995(平成7)

大リーグ開幕。労使紛争による開幕の遅れで、例年の1球団162試合を144試合に減ら

す。審判はオーナー側との交渉が物別れに終わったので、代替審判員によって試合は行

 

われる(現地時間25)

4月27日

1942(昭和17)

連盟は空襲警報発令時の対処法を各球団に通達。

 

1946(昭和21)

戦後初のプロ野球開幕日。後楽園に3,725人、西宮に5,016人の観客が集まってスタート

した。

 

1947(昭和22)

ベーブ・ルース・デー。ホームラン打者に1000円の賞金。

 

1952(昭和27)

真田重男投手(大阪)、高崎球場の対阪急戦でノーヒット・ノーラン。

 

1975(昭和50)

甲子園での阪神-広島戦で、広島・ルーツ監督、松下主審に暴力を働き退場。

 

1984(昭和59)

 

ヤクルト・武上四郎監督が休養、中西太ヘッドコーチが監督代行。

4月28日

1991(平成3)

史上初、6球場が「満員御礼」。

 

2002(平成14)

ダイエーのペトラザ投手がオリックス戦(福岡ドーム)で今季3セーブ目を挙げ、これで通

99セーブ、109セーブポイントとなり、ともに並んでいた宣銅烈投手(中日)の外国人選

手記録を更新。同日、ダイエーの寺原隼人投手が二度目の先発。オリックス戦で6回まで

 

無失点に抑え、プロ入り初勝利。

4月29日

1936年(昭和11年)

渡米中の巨人を除く6球団が甲子園球場に集結、55日までリーグ戦。

 

1938(昭和13)

春季リーグ戦開幕(717日まで)

 

1961(昭和36)

日生球場の近鉄対阪急戦で審判の判定を不服とする阪急・戸倉監督が1時間17分の抗議。

 

1968(昭和43)

松浦晋パ・リーグ会長、交通事故死。

 

1972(昭和47)

外木場義郎投手(広島)、広島での巨人戦でノーヒット・ノーラン。

 

1976(昭和51)

日本ハム・行沢久隆選手は後楽園での対近鉄3回戦一死満塁でホームランを打ったが追い

越しアウト。

 

1990(平成2)

近鉄の野茂英雄投手が対オリックス戦で17奪三振の日本タイ記録。

 

1991(平成3)

西武・平野謙選手が通算300犠打の日本記録。

 

2004(平成16)

巨人の阿部慎之助選手は前日の3本塁打に続き、ヤクルト戦(神宮)2ホーマー放ち、史上

3人目の月間16本のタイ記録。

4月30日

1936年(昭和11年)

渡米中の巨人を除く6球団が甲子園球場に集結、55日までリーグ戦。

 

1938(昭和13)

春季リーグ戦開幕(717日まで)

 

1961(昭和36)

日生球場の近鉄対阪急戦で審判の判定を不服とする阪急・戸倉監督が1時間17分の抗議。

 

1968(昭和43)

松浦晋パ・リーグ会長、交通事故死。

 

1972(昭和47)

外木場義郎投手(広島)、広島での巨人戦でノーヒット・ノーラン。

 

1976(昭和51)

日本ハム・行沢久隆選手は後楽園での対近鉄3回戦一死満塁でホームランを打ったが追い

越しアウト。

 

1990(平成2)

近鉄の野茂英雄投手が対オリックス戦で17奪三振の日本タイ記録。

 

1991(平成3)

西武・平野謙選手が通算300犠打の日本記録。

 

2004(平成16)

巨人の阿部慎之助選手は前日の3本塁打に続き、ヤクルト戦(神宮)2ホーマー放ち、史上

3人目の月間16本のタイ記録。1965(昭和40)

 

内村祐之コミッショナー、任期満了で辞任。

 

 

 

1975(昭和50)

 

広島・ルーツ監督退団。野崎泰一コーチが監督代行。

 

 

 

1983(昭和58)

 

広島・山本浩二選手は対阪神4回戦で史上36人目のサイクルヒット。

 

 

 

2001(平成13)

 

巨人の岡島秀樹投手が、広島戦(東京ドーム)で今季10セーブ目を達成。4月に月間10セーブ

 

は史上初。

 

 

 

2004(平成16)

巨人の工藤公康投手が広島戦で12三振を奪い、40歳投手の最多奪三振新記録を達成する。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>