日本プロ野球史

■ 5月21日〜31日

5月21日

1955(昭和30)

大阪の岸一郎監督辞任。藤村富美男代理監督。

 

1981(昭和56)

阪急・福本豊選手、西武での対西武9回戦でサイクルヒットを記録。

 

1999(平成11)

巨人のガルベス投手は阪神戦(甲子園)でプロ野球史上、投手では16人目で通算

17本目となる満塁本塁打を放つ。

 

1996年(平成8年)

巨人-阪神戦が福岡ドームで挙行されるが、本拠地以外での同カードの開催試

 

合は実に28年ぶりだった。

5月22日

1955年(昭和30年)

西鉄の新人・仰木彬選手がトンボ戦で6打数6安打の快挙。

 

1982(昭和57)

大洋・斎藤明夫投手、8試合連続セーブのプロ野球新記録。

 

1984(昭和59)

 

ヤクルト・中西太監督代行が辞意、土橋正幸ピッチング・コーチが監督代行の代行。

5月23日

1942(昭和17)

大洋-朝日戦が56分の最短試合時間のタイ記録。

 

1967(昭和42)

飯田徳治サンケイ監督が休養、中原宏コーチが監督代行。

 

1971(昭和46)

    小倉球場の西鉄-ロッテ戦で、ロッテの有藤、池辺、ロペス、江藤、アルトマン、

    山崎、広瀬、醍醐が8選手による8連続安打の新記録。

 

1979(昭和54)

大打者で青バットの大下弘氏が心筋梗塞のため死去、56歳。

 

1984(昭和59)

    下田武三コミッショナーが両リーグにバッテリー間で使用されていた「乱数表の

    全廃」を勧告。

 

1987(昭和62)

柏崎球場の南海-ロッテ戦で照明設備がなくパ・リーグ23年ぶりのサスペンデッ

ド・ゲーム。

 

2000(平成12)

広島はヤクルト戦(福山)1回裏に1番の木村拓哉選手が本塁打。4回表に同点とさ

れたがその裏にノーヒットで1点を挙げ21で勝つ。初回先頭打者の1安打で勝った

 

のはプロ野球史上4度目で、セ・リーグでは初めて。

5月24日

1942(昭和17)

後楽園球場での大洋-名古屋戦が大洋・野口二郎、名古屋・西沢道夫両投手の投げ

合いで4-4のまま延長28回引き分け。

 

1958(昭和33)

国鉄の飯田徳治選手は、大阪戦でアキレス腱を切断し、48912日以来の連続出

場が1246試合で中断。

 

1991(平成3)

 

オリックス・松永浩美選手がサイクル安打、自身2回目。

5月25日

1950(昭和25)

東急・白木義一郎投手が741/3イニング無四球の新記録。

 

1958年(昭和33年)

巨人の与那嶺要選手は広島戦で外国人初の1000本安打。793試合目はスピード新記録(当時)。

 

1970(昭和45)

コミッショナー委員会の裁定で西鉄・池永正明、与田順欣、益田昭雄の3選手が永久追放。

 

1971(昭和46)

長嶋茂雄選手(巨人)、神宮のヤクルト戦で通算2000本安打。

 

1993(平成5)

広島・大野豊投手が対中日戦で11試合連続セーブの日本新。

 

1996(平成8)

この日から27日まで「ベースボール・ウィーク・イン・ジャパン」で日本のアマ、

プロ、キューバの3チームのリーグ戦が神戸で行われるが、日本のファーム選抜軍は

03位で最下位。

 

2004年(平成16年)

近畿日本鉄道は043月期の決算発表会で、球団の売却も視野に入れた検討を進め

 

ていることを発表。

5月26日

1947(昭和22)

甲子園球場の外野にラッキー・ゾーンが設けられる。

 

1962(昭和37)

南海の鶴岡一人監督が前日まで825敗の責任を取って休養、蔭山コーチが代行と

なる。

 

1974(昭和49)

張本勲選手(日本ハム)23日の南海戦から13打席連続出塁を記録。

 

1995(平成7)

キューバ、アマ全日本選抜、オリックス二軍、阪神二軍の対抗リーグ戦がGS神戸

28日まで開かれ、キューバは30敗で優勝、全日本選抜は21敗、オリックスと

阪神二軍はともに1分け2敗で最下位。中日二軍は62日のキューバ戦(ナゴヤ)0

7で負け、日本のプロは対キューバ戦3戦全敗。

 

1996(平成8)

日本ハムのデューシー選手はダイエー戦(東京ドーム)5三振。9回まで5三振はプ

ロ野球史上6人目。

 

1998(平成10)

阪神の川尻哲郎投手は中日戦(倉敷)でノーヒット・ノーランを達成。セ・リーグ31

度目、プロ野球77度目。

 

1999年(平成11年)

川島廣守コミッショナーは、シドニー五輪にプロ野球も可能な限り協力することを

 

表明した。

5月27日

1940(昭和15)

春季リーグ戦終了。1位巨人、2111敗。

 

1942(昭和17)

春季連盟戦閉幕。1位巨人。

 

1958(昭和33)

金田正一投手(国鉄)、広島戦で641/3イニング無失点記録。

 

1969(昭和44)

阪神、神宮でのヤクルト戦の6回、イニング13得点の新記録。

 

1980年(昭和55年)

ロッテの張本勲選手は阪急戦で本塁打を放ち、プロ野球史上初の3000本安打を達成

 

する。

5月28日

1941(昭和16)

春季連盟戦終了。1位巨人。

 

1980(昭和55)

ロッテ・張本勲選手は、川崎球場の阪急戦の6回に右翼へ2点本塁打し、プロ野球史

上初の3000本安打を達成。

 

1991年(平成3年)

 

オリックスのシュルジー選手が近鉄戦でDH制下の投手としては初の本塁打を打つ。

5月29日

1948(昭和23)

巨人・川崎徳次投手が対中日戦で1球投げただけで敗戦投手。

 

1980年(昭和55年)

下田武三コミッショナーは圧縮バット問題解決のため、規制委員会に検討を提示

した。

 

2001年(平成13年)

日本ハム-近鉄戦(東京ドーム)は延長10回の末、近鉄が1712で勝ったが、この

 

試合に両チームが投入した投手は16人(日本ハム7、近鉄9)で、プロ野球新記録。

5月30日

1939(昭和14)

春季リーグ戦終了。1位阪急、239敗。

 

1956年(昭和31年)

巨人の川上哲治選手は、中日戦の8回に中山俊丈投手から、プロ野球初の通算2000

本安打を放つ。

 

1959(昭和34)

山本八郎選手(東映)、駒沢の近鉄戦で加藤昌利捕手に乱暴を働き退場、63日の

パ・リーグ裁定で再度無期限出場停止。

 

1962(昭和37)

東京都荒川区南千住7丁目に大毎のホームグラウンド東京球場が完成。

 

1990(平成2)

西武・鹿取義隆投手が10試合連続セーブのプロ野球新記録。

 

2001年(平成13年)

ロッテの小林雅英投手は、ダイエー戦(千葉)でセーブを挙げるが、25日の日本ハ

 

ム戦から6日間連続セーブのプロ野球新記録。

5月31日

1956(昭和31)

川上哲治選手(巨人)、中日球場の中日戦の8回、プロ入り通算2000本安打の大記録

を樹立。プロ野球初の大台達成。

 

1958(昭和33)

土橋正幸投手(東映)、駒沢球場での西鉄戦で1試合三振奪取16の新記録。

 

1989(平成元年)

新ルール適用1号。阪神・渡辺伸彦投手が「危険球」で退場。ヤクルト・パリッシ

ュ選手が暴行で退場。

 

1997(平成9)

ヤンキースはロッテの伊良部秀輝投手の獲得を発表。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>