日本プロ野球史

■ 1月1日〜10日

1月1日

1933(昭和8)

国民新聞に「日本に職業球団、近く誕生の機運」の見出しでプロ野球誕生が報道される。

 

1939年(昭和14年)

3日まで西京極野球場に巨人、セネタース、イーグルス、金鯱の4球団が集まっての正

月会。

1月2日

1938(昭和13)

巨人とタイガースを除く6球団が、西宮球場でプロ野球の正月大会を挙行した。

1月3日

1944年(昭和19年)

日本野球連盟を「日本野球報国会」と改称。土曜、日曜のみの試合挙行で「やれること

までやる」と方針を決める。

 

1945(昭和20)

活動を中止した職業野球は1日から正月大会を開催したが、3日目は警戒警報により途中

で中止。

 

1965(昭和40)

中日・加藤斌投手、自動車事故のため死亡。享年20歳。

1月4日

2000(平成12)

横浜は、一軍とは名称が違う、独立した二軍の「湘南シーレックス」の誕生を発表した。

1月5日

1936年(昭和11年)

巨人の出川延明選手が金鯱に球史初のトレード。

1月6日

1997(平成9)

野茂英雄投手が在籍するロサンゼルス・ドジャースが、球団の身売りを発表する。

1月7日

1947(昭和22

天才打者・大下弘選手所属の「セネタース」が東急電鉄に身売りし、「東急フライヤ

ーズ」となる。

 

1948(昭和23)

「太陽」が「大洋」となる。

 

1966(昭和41)

サンケイスワローズが「サンケイアトムズ」と改称。

 

1970(昭和45)

アトムズは「ヤクルトアトムズ」と変更。

1月8日

1988(昭和63)

プロ野球規則委員会は、マウンドの高さを15から10インチに下げると決定した。

 

2002(平成14)

ヤクルトの石井一久投手へのポスティングシステムによる入札が締め切られ、ロサンゼ

ルス・ドジャースが1126万ドルで落札。

1月9日

1949(昭和24)

「急映フライヤーズ」が東急と大映に分かれ、大映が金星を買収して「大映スターズ」

誕生。

 

1959(昭和34)

近鉄パールズが「近鉄バファロー」と改称。

 

1995(平成7)

近鉄の野茂英雄投手は、大リーグ入りを目指して退団を要求。近鉄球団は同投手に大リ

ーグ球団との交渉許可を与えるとともに任意引退選手とする。

 

2002(平成14)

オリックスの田口壮選手は、FAの権利を行使してカージナルスへの移籍を表明した。

1月10日

1948(昭和23)

前年暮れに中日を退団した小鶴、古川、金山、三村ら10選手が参加を表明した「大映

球団」(代表・永田雅一氏)が連盟に加盟申請するが(23)却下される。

 

1974(昭和49)

投手部門にセーブ記録採用を内定。

 

1987(昭和62)

日本シリーズで隔年方式だった指名打者制度が、この年からパ・リーグ本拠地での採用

が決定した。

 

1996(平成8)

ダイエーは吉國一郎コミッショナーに対し、韓国・延世大の林仙東投手との交渉権を認

めるように要請。コミッショナーは「韓国内の法的な最終決定と交渉権を持つLGツイン

ズと韓国野球委員会の承認が必要」との見解を示す。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>