日本プロ野球史

■ 10月1日〜10日

10月1日

1957年(昭和32年)

   稲尾和久投手(西鉄)、後楽園の毎日戦で、7月18日の対大映戦以来20連勝の新記録。

 

1964年(昭和39年)

   東京五輪(10月10日~)に先んじて開催された日本シリーズで、阪神-南海の日本選手権シリ

   ーズ開幕。4勝3敗で南海が王座に。

 

1967年(昭和42年)

   パ・リーグでは阪急が球団創立以来初の優勝を決める(75勝55敗4分)。

 

1980年(昭和55年)

   南海・門田博光選手、パ・リーグ2万本目のホームラン。

 

1992年(平成4年)

   福岡の平和台球場が43年間の公式戦の幕を閉じる。

10月2日

1958年(昭和33年)

  稲尾和久投手(西鉄)、シーズン72試合登板の最多記録。

 

1965年(昭和40年)

  広島・外木場義郎投手が、甲子園の阪神戦で無安打無得点試合。プロ2度目の先発で、初勝利

  が大記録に。

 

1971年(昭和46年)

  米田哲也投手(阪急)、西宮の西鉄戦で通算300勝を記録。

 

1994年(平成6年)

  西武がパ・リーグ初の5連覇。

 

1998年(平成10年)

  西武にとっては91年10月10日以来のダブルヘッダー。2位ダイエーに6対3、3対1で連勝し、1

  日でマジックを4減らしたのはパ・リーグ初。

 

2002年(平成14年)

  西武のカブレラ選手が64年の王貞治選手(巨人)、01年のローズ選手(近鉄)に並ぶ55号のタイ

  記録を樹立した。

10月3日

1962年(昭和37年)

  阪神、セ・リーグになって初めて優勝(75勝55敗3分)。

 

1971年(昭和46年)

  中日・水原監督引退を表明。

 

1983年(昭和58年)

  巨人・松本匡史選手は、シーズン75盗塁のセ・リーグ新記録。

 

1997年(平成9年)

  西武がダイエー戦(西武)に2対1で勝ち、西鉄時代から数えると3年ぶり17度目の優勝を決定。

 

2001年(平成13年)

  ダイエーの井口資仁選手はシーズン最後のオリックス戦(神戸)で30号。すでに44盗塁してお

  り、パ・リーグでは63年の張本勲選手(東映)と90年の秋山幸二選手(西武)に次ぐ「30本・40

  盗塁」を達成。

10月4日

1951年(昭和26年)

  松田清投手(巨人)、19連勝の新記録。巨人優勝。

 

1958年(昭和33年)

  王貞治選手が巨人と契約。

 

1975年(昭和50年)

  近鉄・西本監督、監督として通算1000勝を記録。

 

1978年(昭和53年)

  ヤクルトは、神宮での対中日24回戦に勝ちセ・リーグ初優勝決定(68勝46敗16分)。

 

2004年(平成16年)

  阪神の井川慶投手が広島戦(広島)でノーヒットノーラン達成。セ・リーグ35度目、プロ野球81度目。

 

2004年(平成16年)

  巨人の工藤公康投手が横浜戦で10勝目。41歳の投手の2ケタ勝利は若林忠志投手(阪神時

  代)、村田兆治投手(ロッテ)に次いで3人目。

10月5日

1982年(昭和57年)

   横浜大洋・齋藤明夫投手、27個目のセーブをあげ、シーズン最多セーブのセ・リーグ記録を更新。

 

1983年(昭和58年)

   近鉄・鈴木啓示投手は、無四球試合、通算74試合のプロ野球新記録。

 

1984年(昭和59年)

   阪神-中日最終戦で37本の同数でホームラン王を競う掛布雅之、宇野勝両選手にそれぞれ連続

   10打席敬遠四球の日本記録。鈴木龍二セ・リーグ会長が阪神、中日四球合戦に「非常に遺憾」

   と異例の声明文。

 

1995年(平成7年)

   阪神のグレン、クルーボー両選手は、阪神・淡路大震災義援金を日本赤十字社に贈る。1本塁打

   につき500ドル、1打点につき100ドルを積立てたもので560万円余りに達した。

 

1999年(平成11年)

   巨人の上原浩治投手はヤクルト戦に完投勝ちし、80年の木田勇投手(日本ハム)以来19年ぶ

   りの新人20勝投手となった。

 

2001年(平成13年)

   近鉄の最終戦であるオリックス戦(神戸)でローズ選手は、4打席勝負されたが、遊ゴロ、捕邪

   飛、三飛、中飛で安打すら出ず55号で終わる。

10月6日

1970年(昭和45年)

   佐々木宏一郎投手、大阪球場の南海戦で史上11人目の完全試合を達成。

 

1986年(昭和61年)

  近鉄・石本貴昭投手がパ・リーグ新の40セーブポイントを挙げる。

 

1992年(平成4年)

   近鉄・野茂英雄投手が3年連続最多勝。2リーグ後で初。

 

1996年(平成8年)

   巨人がナゴヤ球場の中日戦に5対2で勝ち、2年ぶり、28度目の優勝を決定。この試合がナゴ

   ヤ球場の公式戦最後の試合となり、48年以来のプロ野球専用球場の幕を下ろす。

 

1998年(平成10年)

   横浜の佐々木主浩投手は、ヤクルト戦でシーズン45セーブの日本記録を樹立した。

 

10月7日

1981年(昭和56年)

   パ・リーグプレーオフ開始。10月13日、日本ハムが3勝1敗1分でロッテを破り優勝。

 

1997年(平成9年)

   実行委員会でFA資格取得権利を得る年数を1年短縮して9年、再取得を得る年数を1年延長して

   4年とするのを決定。

 

1998年(平成10年)

   西武は近鉄戦ダブルの第2試合(西武ドーム)で、今季初めての竹下潤投手が8回まで1失点で

   投げ5対2で勝ち、西鉄時代から数え2年連続18度目の優勝。

 

2003年(平成15年)

   ダイエーはこの日のロッテ戦(福岡ドーム)で全日程を終了。チーム打率は.297で、99年の横

   浜の.294を更新するプロ野球新記録。ダイエーの城島健司捕手は140試合に全イニング出場

   も達成。捕手の全イニング出場は、63年の野村克也選手(南海)に続いてプロ野球史上2人目。

10月8日

1968年(昭和43年)

   阪神の江夏豊投手は中日戦で、2回に奪った三振で383個となり、日米通じての年間新記録を

   樹立した。

 

1961年(昭和36年)

   権藤博投手(中日)、新人最多のシーズン35勝をマーク。

 

1978年(昭和53年)

   ヤクルトは4月1日対広島1回戦(開幕試合)より10月8日対広島25回戦まで連続129試合得

   点し、シーズン最多連続試合得点(プロ野球新)を記録。

 

1992年(平成4年)

   巨人・藤田元司監督が勇退。長嶋茂雄氏が12年ぶりに監督に復帰。

 

1994年(平成6年)

   史上初の130試合目の同率決戦で巨人が中日を破って4年ぶりのセ・リーグ制覇。

 

1998年(平成10年)

   横浜は阪神戦(甲子園)に4対3で勝ち、前進の大洋時代の60年以来、38年ぶりで2度目の優

   勝を決定。

10月9日

1969年(昭和44年)

   「プロ野球の父」と呼ばれた巨人軍オーナー、正力松太郎氏が死去。

 

1971年(昭和46年)

   パ・リーグ全日程終了。ロッテ・江藤慎一選手が首位打者となり、初めて両リーグでタイトルを

   獲得。

 

1972年(昭和47年)

   野村克也選手(南海)、大阪の東映戦で2236試合出場の日本新記録。

 

1973年(昭和48年)

   大杉勝男選手(日拓)、日生の近鉄戦で6試合連続本塁打のパ・リーグ記録。

 

1994年(平成6年)

   オリックスのイチロー選手がパ新の打率.385、安打数210本。

 

1996年(平成8年)

   セ・リーグ閉幕の日、阪神は中日戦(甲子園)1回裏に新庄剛志、塩谷和彦両選手が満塁本塁

   打。1イニングに2本の満塁弾はプロ野球新記録。

 

2000年(平成12年)

   西武の松坂大輔投手は、ロッテ戦に完投14勝目で、プロ野球4人目の新人から2年連続最多勝

   を達成。

10月10日

1951年(昭和26年)

   巨人-南海による第2回日本選手権試合開幕。4勝1敗で巨人が初が初の選手権優勝。

 

1967年(昭和42年)

   堀内恒夫投手(巨人)、後楽園の広島戦でノーヒット・ノーラン試合を記録。自身も3打席連続ホ

   ームラン。

 

1969年(昭和44年)

   金田正一投手(巨人)、後楽園の中日戦で通算400勝の金字塔。

 

1969年(昭和44年)

   日生の近鉄-ロッテ戦は延長14回4-4の引き分け。所要時間5時間15分の最長時間となる。

 

1984年(昭和59年)

   広島衣笠祥雄選手が14年連続全試合出場を記録。

 

1990年(平成2年)

   近鉄・野茂投手が2ケタ奪三振21試合の日本新記録。

 

2004年(平成16年)

   中日の荒木雅博選手は、ヤクルト戦で04年9度目の4安打。95年のイチロー選手(オリックス)

   の8度を更新。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>