日本プロ野球史

■ 10月11日〜20日

10月11日

1938年(昭和13年)

   巨人・スタルヒン投手が11連勝。

 

1961年(昭和36年)

   稲尾和久投手(西鉄)、プロ野球記録の1シーズン42勝を記録。

 

1976年(昭和51年)

   巨人・王貞治選手は後楽園での対阪神23回戦の8回、山本和行投手から右翼に本塁打、ベー

   ブ・ルースの生涯本塁打記録を超える715号。

 

1989年(平成元年)

   中日・西本聖投手が勝って4年ぶりに20勝投手が誕生。

10月12日

1949年(昭和24年)

   米メジャーリーグAAAのサンフランシスコ・シールズが来日。日本のプロームとは6試合対戦し

   て全勝。

 

1974年(昭和49年)

   中日、20年ぶりのセ・リーグ優勝。

 

1976年(昭和51年)

   太平洋クラブ・中村長芳オーナーは、チーム名を「クラウンライターライオンズ」に変更すると発表。

 

1978年(昭和53年)

   緊急実行委員会およびオーナー会議で、福岡野球株式会社の経営権を株式会社西武ライオン

   ズに譲渡し、保護地域を福岡県から埼玉県に変更することを承認。

 

1989年(平成元年)

   近鉄のブライアント選手が対西武戦で3ホーマー。シーズン4度目、日本新。

 

1994年(平成6年)

   ダイエーが王貞治監督の就任を発表。

 

1997年(平成9年)

   パ・リーグ閉幕。観客動員1001万2500人で、リーグ史上初めて1000万人を突破。

10月13日

1950年(昭和25年)

   近鉄・森下重好選手が、5試合連続ホームランの新記録。

 

1991年(平成3年)

   中日・落合博満選手が、対ヤクルト戦で6四球。古田との首位打者争いの余波。

 

2000年(平成12年)

   99年のホールド王のダイエー・藤井将雄投手が間質性肺炎で死去。16日に葬儀がとり行われた。

10月14日

1948年(昭和23年)

   巨人・青田昇選手が豊橋球場での対大陽戦で1試合15塁打の新記録。

 

1959年(昭和34年)

   別所毅彦投手(巨人)、駒沢の国鉄戦で史上2人目の300勝。

 

1967年(昭和42年)

   山内一弘選手(阪神)、東京球場のサンケイ戦で通算2000安打を記録。

 

1974年(昭和49年)

   後楽園の巨人-中日終了後、長嶋茂雄選手(巨人)の現役引退セレモニー。

 

1985年(昭和60年)

   阪神・バース選手が史上4人目の50本塁打

 

1986年(昭和61年)

   阪神のバース選手がシーズン最高打率.389を記録。

 

1992年(平成4年)

   近鉄が鈴木啓示新監督の発表。

 

2002年(平成14年)

   年間本塁打56のシーズン新記録をねらう西武のカブレラ選手は、シーズン最終戦に打順一番

   で登場するが、単打1本に終わる。

10月15日

1940年(昭和15年)

   「監督」を「教士」、選手を「戦士」とする。

 

1955年(昭和30年)

   巨人-南海、四度目の顔合わせで日本選手権シリーズ開幕。

 

1960年(昭和35年)

   日本シリーズでは大洋が大毎に4勝無敗でチャンピオンに。大洋・秋山登投手が4連投。

 

1987年(昭和62年)

   阪急・松永浩美選手が、自身4度目の左右打席ホームラン。

 

1989年(平成元年)

   広島の正田耕三選手、1試合6盗塁。

 

1999年(平成11年)

   横浜のローズ選手が公式戦最終戦(対ヤクルト)の最終打席で、セ新記録の192安打目を打

   った。

10月16日

1953年(昭和28年)

   日本シリーズは巨人が4勝2敗1引き分で優勝。セ・リーグ閉幕。巨人-国鉄の5試合を日程の都

   合で打ち切る。

 

1982年(昭和57年)

   広島・衣笠祥雄選手、12年連続全試合出場を達成。

 

1985年(昭和60年)

   セ・リーグは、阪神が優勝。21年ぶり。

 

2003年(平成15年)

   ヤクルトのラミレス選手は最終戦で40号を放ち、横浜のウッズ選手に追いつき、2人の本塁打王

   が誕生。

 

2004年(平成16年)

   日本シリーズ(中日ー西武)がナゴヤドームで開幕するが、併行してセ・リーグは1試合を挙行し

   閉幕。日本シリーズと同日に公式戦を行うのはセ・リーグでは20年ぶり。

 

10月17日

1940年(昭和15年)

   「イーグルス」が「黒鷲軍」に、「タイガース」が「阪神」に、「セネタース」が「翼軍」に改称。

 

1956年(昭和31年)

   西鉄は巨人との日本シリーズ第6戦に5対1で勝ち、初の日本一に。新人の稲尾和久投手が3勝

   を挙げた。

 

1963年(昭和38年)

   野村克也選手(南海)、最終戦の近鉄30回戦に52号本塁打を放ち、シーズン最多本塁打記録

   の日本記録。

 

1983年(昭和58年)

   金網フェンスを上ってホームラン性の飛球を好捕した阪急・山森雅文選手に、米大リーグ・コミッ

   ショナーからベストファインプレー賞が贈られる。

 

1986年(昭和61年)

   阪神・バース選手の2年連続の三冠王決定。打率.389、本塁打47、109打点。  同日、広島の衣

   笠祥雄選手は16年連続全試合出場。

 

2004年(平成16年)

   通信大手のソフトバンクがダイエー球団の買収に名乗りを上げる。

10月18日

1962年(昭和37年)

   デトロイト・タイガースのジョン・フェッツアー会長以下55人来日。

 

1982年(昭和57年)

   ペナントレースの最終戦で、中日のセ・リーグ優勝が決定(64勝47敗19分)。

 

1995年(平成7年)

   戦後50年を迎え、戦没プロ野球選手の法要が東京ドーム前の「鎮魂の碑」で行われる。戦没プ

   ロ野球選手として確認されているのは69人。

 

2003年(平成15年)

   日本シリーズ第1戦。27日にダイエーが4勝3敗で日本一になるが、本拠地福岡ドームで4勝

   0敗。本拠地で4戦全勝は史上初めて。

10月19日

1955年(昭和30年)

  金田正一投手(国鉄)、1シーズン最多の350奪三振を記録。

 

1986年(昭和61年)

   ロッテ・落合博満選手、2年連続3回目の三冠王を獲得。打率.360、本塁打50、116打点。

 

1988年(昭和63年)

   川崎での対ロッテ・ダブルヘッダー2試合目に近鉄が引き分け、すでに全試合を終えていた西武

   のパ・リーグ優勝が決定。「10.19川崎ドラマ」として語り継がれる最高の試合の一つ。

 

1989年(平成元年)

   ダイエー・新監督に田淵幸一氏。同日、ヤクルト・新監督に野村克也氏が就任。

10月20日

1960年(昭和35年)

   サンフランシスコ・ジャイアンツ来日。第1戦に巨人が伊藤芳明、堀本律雄両投手のリレーで完

   封勝利。

 

1963年(昭和38年)

   西鉄は近鉄とのダブルヘッダーに連勝し、7月10日の14.5ゲーム差を逆転する奇跡の優勝を

   達成。

 

1963年(昭和38年)

   パ・リーグ全日程を終える。西鉄がペナントレース最終戦で優勝決定(86勝60敗4分)。

 

1971年(昭和46年)

   中日監督に与那嶺要コーチが昇格。

 

1979年(昭和54年)

   近鉄は98試合連続得点の新記録。

 

2001年(平成13年)

   ヤクルトと近鉄の初対決の日本シリーズ第1戦(大阪ドーム)は、ヤクルトが石井一久投手の、8

   回まで被安打1、12奪三振の快投で7対0で勝つ。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>