日本プロ野球史

■ 12月11日〜20日

12月11日

1943年(昭和18年)

「大和」がチーム解散を決定。

 

1954年(昭和29年)

洋松ロビンス、大洋の単独経営となり「大洋ホエールズ」と改称。

 

1959年(昭和34年)

青田昇選手(阪急)、現役引退を発表。

  

2003年(平成15年)

西武をFAになった松井稼頭央選手のメッツ入りが決定。3年間2300万ドルで正式契約。

12月12日

1985年(昭和60年)

PL学園・清原和博選手が西武ライオンズ入りを発表した。森祗晶新監督も会

見に同席した。

12月13日

1985年(昭和60年)

西武の東尾修投手がプロ野球史上最高の年俸9000万で契約更改する。

12月14日

1952年(昭和27年)

A級、B級の10年選手の特権を成文化した野球協約発効。

 

1953年(昭和28年)

/永田雅一氏、パ・リーグ総裁に選任。8球団をめざす。

 

1965年(昭和40年)

南海がSFジャイアンツから帰国の村上雅則投手と昭和41年度の契約を結ぶ。

 

1995年(平成7年)

プロ、アマ合同の初の審判勉強委員会が大阪で行われる。大阪のセ、パ両リーグと高校

野球連盟の関係者が参加。

 

1998年(平成10年)

パ・リーグ理事会では、ダイエーの調査報告を不十分とし、第三者による調査委員会の

設置を決める。

12月15日

1937年(昭和12年)

後楽園球場で第1回読売杯争奪戦。

 

1949年(昭和24年)

セントラル・リーグ初会議。西日本、大洋漁業、広島の加盟を承認。

 

1958年(昭和33年)

セ・リーグの首位打者・田宮謙次郎選手が10年選手の特権を行使して大阪を退団。12

27日に大毎入りを表明する。

 

1963年(昭和38年)

山内一弘選手(大毎)と小山正明投手(阪神)との世紀のトレード成立。

 

1964年(昭和39年)

金田正一投手(国鉄)、B級10年選手の特権を行使して巨人へ入団。

12月16日

1975年(昭和50年)

太平洋クの江藤慎一監督が退団。

 

1996年(平成8年)

日本、韓国、台湾の3カ国でアジアプロ野球連盟結成の準備会が開かれる。

12月17日

1967年(昭和42年)

広島東洋カープ、球団名を「株式会社広島東洋カープ」と改称。根本陸夫コーチが監督就任。

 

1973年(昭和48年)

日本ハム球団のニックネームが「ファイターズ」に決定。

 

1997年(平成9年)

吉國一郎コミッショナーは、脱税事件の不起訴9選手に1998年度の開幕試合予定日から3

週間の出場停止の追加処分を科す。

12月18日

1939年(昭和14年)

巨人が二度目のフィリピン・マニラ市遠征へ。

 

2000年(平成12年)

セ・リーグは新会長に豊蔵一氏が就任と発表。

12月19日

1951年(昭和26年)

全国プロフェショナル野球機構と、日本社会人野球協会との間で登録選手に関する契約

が結ばれる。

 

1953年(昭和28年)

名古屋ドラゴンズの経営体が、中部日本新聞、名鉄の共同経営から中部日本新聞の単独

経営になる。

 

1956年(昭和31年)

パ・リーグ総裁に佐伯勇氏が就任。

 

1985年(昭和60年)

二度の三冠王に輝いたロッテの落合博満選手に、都民栄誉賞が贈られた。

12月20日

1995年(平成7年)

韓国プロ野球は、ヘッテ・タイガースの宣銅烈投手は中日に移籍すると、日韓両国で

発表。

 

2002年(平成14年)

FA宣言している巨人・松井秀喜選手のニューヨーク・ヤンキース入団が決まる。3年契

約で総額2100万ドル。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>