日本プロ野球史

■ 3月11日〜20日

3月11日

1950(昭和25)

西宮球場でパ・リーグ7球団が1年目の開幕。パで毎日・戸倉勝城選手、セで松竹・岩本

義行選手が、それぞれリーグの第1号本塁打を放った。

3月12日

1937年(昭和12年)

大正初年から運動記者を務めていた広瀬謙三氏が、プロ野球創立後、公式記録員に就

任。(1973年殿堂入り)

 

1959(昭和34)

セ・パ両リーグの合同会議で、新人選手の契約金は1000万円までとすることを決定した。

3月13日

1976(平成51)

日本初の人工芝の後楽園で初の試合、日ハム-中日のオープン戦が行われる。

 

1995(平成7)

セ・リーグ理事会は緩い頭部への死球は警告対象外とするのを決定。前年途中から「頭

部死球は即退場」とした措置を改正したもの。

3月14日

1940(昭和15)

全球団監督、選手、連盟役職員ら全員が橿原神宮参拝。戦勝祈願。

3月15日

1938(昭和13)

巨人-金鯱戦が行われた洲崎球場で試合中に海水が入り、コールド・ゲームに。

 

1940(昭和15)

春季リーグ戦開幕。

 

1964(昭和39)

パ・リーグ開幕。阪急-西鉄戦が初のサスペンデッド・ゲーム。

 

1976(昭和51)

太平洋クラブはレオ・ドローチャー氏の監督就任を断念、鬼頭政一コーチが新監督に

就任。

 

2003(平成15)

オリックスの本拠地、グリーンスタジアム神戸が「YahooBBスタジアム」に改称される

ことが明らかになる。

3月16日

1950(昭和25)

阪神の田宮謙次郎投手は国鉄戦で、27人目の打者・中村栄選手に安打され、完全試合を

逃す。

 

1955(昭和30)

巨人帰国。26818敗。

 

1979(昭和54)

新コミッショナーに下田武三氏(元駐米大使、最高裁判事)が内定。

 

2004年(平成16年)

西武のカブレラが近鉄とのオープン戦(西武ドーム)で右手首に死球を受け退場。精密検

査の結果、6週間のギブス固定、4週間のリハビリが必要と診断される。

3月17日

 

1949(昭和24)

巨人が南海・別所毅彦投手を引き抜いた問題で裁定。巨人に罰金10万円、別所投手に2

ヵ月出場停止。優先交渉権を持つ南海との話し合いを勧告。

 

1978(昭和53)

    セ・リーグは、それまでタブーだった外野からのテレビ中継を認め、多角的な映像が可能

    となった。

 

1998(平成10)

西武球場ドーム化第1期工事が終了。観客席の70%を覆う屋根が完成したのに伴い、球場

名を「西武ドーム」に改称。同日、1955年から巨人の練習場として43年間使われてきた

巨人軍多摩川球場でサヨナラ練習。22日の巨人OB戦を最後に、球団から管理者の財団法人

河川環境管理財団に返却される。

 

3月18日

1939(昭和14)

春季リーグ戦開幕。

 

1940(昭和15)

イーグルス・亀田忠投手が対ライオン戦でノーヒット・ノーラン記録。

 

1963(昭和38)

実行委員会で、従来の最高殊勲選手を最優秀選手と改め必ずしも優勝チームから選ばな

くてもよいことを決定。

 

1988(昭和63)

日本初のドーム球場、東京ドームが開場。巨人-阪神オープン戦開催。

 

1994(平成6)

パ・リーグが次の試合の先投手の予告発表を決定(セは毎日曜予告)

 

1998(平成10)

高原須美子セ・リーグ会長は、広島のアルフォンソ・ソリアーノ内野手から申請されて

いた年俸調停を受理。

3月19日

1947(昭和22)

日本野球連盟に対抗する野球組織「国民野球連盟」が発足。大塚アスレチックス、宇高

レッドソックス、結城ブレーブス、唐崎クラウンズの4チームが参加。東京の日動画廊で

発足式が開かれた。

 

1970(昭和45)

毒島章一選手(東映)、後楽園の阪急戦で通算104本の三塁打の日本記録。

 

1974(昭和49)

カムバック賞を制定。

 

1997(平成9)

23日まで大阪ドーム落成記念トーナメント。巨人が西武を破り優勝。

 

2003(平成15)

大リーグのバド・セリッグ・コミッショナーは、32526日に東京ドームで予定してい

た開幕戦のアスレチックス-マリナーズ戦の中止を発表。イラク戦争の武力行使が近づ

き安全を配慮しての措置。

3月20日

1960(昭和35)

中日球場で服部受弘選手(前中日)の引退試合。

 

1970(昭和45)

SFジャイアンツが来日。開幕前に来日した最初の球団だが、36敗と負け越して帰国

した。

 

1973(昭和48)

宮城県営球場にナイター設備完成。

 

1997(平成9)

ロッテの伊良部秀輝投手はパドレスに交渉打ち切りを通告。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>