日本プロ野球史

■ 5月11日〜20日

5月11日

1941(昭和16)

巨人が対阪急戦で1イニング12点の記録。

 

1945(昭和20)

名古屋の石丸進一選手が神風特別攻撃隊・少尉として特攻機で出撃、戦死。

 

1952(昭和27)

柴田英治投手(阪急)、近鉄戦で1試合最少投球数の71球の新記録。

 

1976(昭和51)

阪急・戸田善紀投手は、大阪球場での対阪急4回戦でノーヒット・ノーラン試合を記録。

 

1994(平成6)

神宮のヤクルト-巨人戦で危険球をめぐって大乱闘。

 

1999年(平成11年)

近鉄はオリックス戦に4投手を起用し、開幕以来32試合連続継投のプロ野球新記録を作

った。

 

2002年(平成14年)

西武の松井稼頭央選手がオリックス戦(西武ドーム)で10回浦井に、前日に続く2試合連

続のサヨナラ本塁打。2試合連続は90年の門田博光選手(オリックス)以来12年ぶりで、

プロ野球7人目。

5月12日

1956(昭和31)

甲子園球場のナイター設備完成。

 

1958(昭和33)

日生球場ナイター設備完成。

 

1966(昭和41)

田中勉投手(西鉄)、大阪球場の南海戦で史上9人目の完全試合を達成。

 

1973(昭和48)

日生の近鉄-太平洋戦は4時間36分、9回試合として最長時間試合。

 

1999年(平成11年)

   開幕以来31試合連続して不動の打順(投手を除く)だった中日が、ついに打順を変えた。

 

2004年(平成16年)

巨人の阿部慎之助選手は阪神戦(東京ドーム)で20号を放つが、開幕から33試合は、01

年のカブレラ選手(西武)による38試合を更新するスピード新記録。

5月13日

1961(昭和36)

日本社会人野球協会は、中日が日本生命の柳川福三選手を引き抜いたのに態度を硬化、

今後プロ野球退団者は一切受けないと発表。

 

1976(昭和51)

ヤクルトは荒川博監督の休養と広岡達朗コーチの監督代行を発表。

 

1989(平成元年)

ロッテ・村田兆治投手が通算200勝達成。

 

1994(平成6)

セ・リーグ理事会は故意の有無を問わず頭部死球を与えた投手は即退場を決める。今季

のみの時限立法。

 

2003年(平成15年)

横浜のドミンゴ投手が巨人戦(東京ドーム)で2回に三振し、開幕以来18打席連続三振の

プロ野球新記録。5階に一邪飛を打って記録はストップする。

5月14日

1982(昭和57)

東京運動記者クラブの部長総会は、読売新聞社制定の沢村賞選考を返上。

 

2002年(平成14年)

広島のファームチームが第41回社会人野球広島大会に参加。プロが社会人の大会に出場

することは初めて。同日、ダイエーとオリックスで、15日までの2日間、日本のプロ野球

初の台湾における公式戦が挙行される。

5月15日

1987(昭和62)

ロッテのリー選手が外国人初の1500安打。1237試合目のスピード記録。

 

2002年(平成14年)

西武の松井稼頭央選手は近鉄戦(大阪ドーム)で、95722日以来の連続出場が899

合となり、飯田徳治選手(南海)の898試合連続のパ記録を更新する。

5月16日

1964(昭和39)

井上善夫投手(西鉄)、阪急戦でノーヒット・ノーラン試合を記録。

 

1997(平成9)

ソウルで「アジア野球会議」が開かれ、日本、韓国、台湾のプロ野球組織の事務局長が

会談。第1回アジア・プロ野球選手権大会を99年か2001年に開催することで合意。

 

2003年(平成15年)

西武、近鉄、ダイエーの3球団が同率首位。30試合消化してから3チームが同率で並ぶの

はパ・リーグ史上初めての混戦。

5月17日

1972(昭和47)

江藤慎一選手(大洋)、川崎でのヤクルト戦で日本記録の通算12本目の満塁ホームラン。

 

1975年(昭和50年)

広島のシェーン選手は大洋戦で4回に右、8回には左で日本発のスイッチ本塁打を記録

する。

 

1996(平成8)

ロッテ-日本ハム戦(千葉)は延長12回まで00で規定により引き分けたが、12回まで無

得点引き分けはパ・リーグでは75523日の南海-近鉄戦(大阪)以来。この試合でロッ

テの伊良部秀輝投手は通算1000奪三振を達成。プロ野球96人目だが、997イニングでの達

成は史上3位のスピード記録。

 

2004年(平成16年)

近鉄の鈴木貴久二軍打撃コーチが、急性気管支肺炎で死去。

5月18日

1967(昭和42)

西沢道夫・中日監督が休養(30日復帰)

 

1969年(昭和44年)

近鉄のジムタイル選手は本塁打を打ちながら肉離れで退き、史上初の代走本塁打となる。

 

1994(平成6)

巨人・槙原寛己投手が福岡ドームでの対広島戦で完全試合を記録。

5月19日

1967(昭和42)

小山正明投手(東京)、通算250勝達成。

 

1993年(平成5年)

ヤクルトは広島戦に延長14回の末1716で勝つが、これは1点差での最大スコア。

5月20日

1941(昭和16)

阪神-阪急戦で盗塁をめぐってアウトかセーフかで1時間以上もめた後、史上初の無効試

合となる。

 

1961(昭和36)

沖縄・奥武山球場で初の公式戦、西鉄-東映戦が行われる。

 

1971(昭和46)

広野功選手(巨人)、福井県営球場のヤクルト戦で代打逆転サヨナラ満塁本塁打。

 

2003年(平成15年)

西武の西口文也投手が大阪ドームの近鉄戦で4回にKOされ、同ドーム開場以来の連勝が12

でストップする。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>