日本プロ野球史

■ 9月1日〜10日

9月1日

1964(昭和39) 
村上雅則投手、大リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツへ入団し、大リーグ初登板。
929日のカブス戦で初勝利。
  
1991(平成3) 
巨人・川相昌弘選手、1試合5併殺打のセリーグ・タイ記録。
 

9月2日

1997(平成9) 

ヤクルト石井一久投手が横浜戦(横浜)でノーヒット・ノーランを達成。

  

1999(平成11) 

西武の松坂大輔投手は日本ハム戦(西武ドーム)で毎回の15奪三振。

高卒新人の毎回奪三振は62年、尾崎行雄投手(東映)、15奪三振は66年の鈴木啓示投手以来。

 

2003(平成15) 

中日の福留孝介選手は、巨人戦で今季10本目の三塁打。

セ・リーグで2ケタ三塁打は、80年の高橋慶彦選手(広島)以来。

 

9月3日

1972(昭和47)

長池徳二選手(阪急)、西京極の西鉄戦で通算200本塁打。

845試合のスピード記録。

 

1977(昭和52)

巨人・王貞治選手、ヤクルト戦で通算765号を放ち、H・アーロンの大リーグ記録を破り、世界一の本塁打。

 

1999(平成11)

近鉄-西武戦で延長12回の末、1010で引き分け。

近鉄は5試合連続で2ケタ失点のプロ野球ワースト新。

 

9月4日

1966(昭和41)

野村克也選手(南海)、通算1035打点のパ・リーグ新記録。 

 

1992(平成4)

門田博光選手(ダイエー)が引退表明。

 

1993(平成5)

阪神・和田豊選手が史上初の連続守備機会421無失策。

 

9月5日

1948(昭和23)

金星・坪内道則選手が25試合連続安打で新記録と発表された後に阪神・野口二郎選手が31試合連続安打(昭和21年)していたことが判明。

 

1951(昭和26)

金田正一投手(国鉄)、大阪球場でノーヒット・ノーランを記録。

 

1977(昭和52)

巨人・王貞治選手、初の国民栄誉賞を福田総理大臣から受賞。

 

1984(昭和59)

後楽園スタジアムが日本初の空気膜構造による屋根つき球場「後楽園エア・ドーム」(現・東京ドーム)の建設を発表。 

 

9月6日

1944(昭和19)

後楽園球場が東都軍部隊に接収される。

グラウンドは畑に。

  

1962(昭和37)

三宅秀史選手(阪神)、負傷で6351イニング連続出場の大記録に終止符。

 

 1975(昭和50)

小川亨選手(近鉄)、710日の南海戦以来、藤井寺の太平洋クラブ戦まで180打席無三振の日本記録。

 

2000(平成12)

西武の小関竜也選手は、ロッテ戦(千葉)の6回に悪送球をし、98年4月5日から続いていた連続守備機会無失策は658でストップ。

大熊忠義選手(阪急)の591を7月16日に更新しており、パ・リーグ新記録。

 

9月7日

1938(昭和13)

タイガース・景浦将選手が14試合連続無失点の戦前最多を記録。

 

1961(昭和36)

後楽園の巨人-国鉄戦で土屋正孝選手(国鉄)の走塁をめぐり大トラブル、2時間中断。

機動隊200人が出動。

試合終了が午前011分だったので2日がかりのナイターとなった。

 

1990(平成2)

オリックス球団は愛称を「ブルーウェーブ」とし、本拠地を「グリーンスタジアム神戸」へ。

 

2002(平成14)

西武のカブレラ選手は、オリックス戦(西武ドーム)でシーズン100打点目を挙げ、前年も124打点で2年連続の100打点。

来日から2年連続で100打点はディアズ選手(ロッテ)、ロペス選手(広島)についで3人目。

 

9月8日

1988(昭和63)

南海・門田博光選手が40歳代で最多本塁打。


1990(平成2)

セ・リーグ、巨人が史上最も早い114試合目で優勝決定。


1996(平成8)

横浜-ヤクルト戦(下関)は延長14回の末、ヤクルトが65で勝つが、試合時間は6時間19分。

実質的にこの試合が最長記録となる。


2004(平成16)

オーナー会議で来季はセ6球団、パ5球団で運営されることを確認。

 

9月9日

1944(昭和19)

911日まで、甲子園球場で日本野球総進軍優勝第1回大阪大会が開催される。

 

1973(昭和48)

安田猛投手(ヤクルト)、717日以来81イニング連続無四死球のセ・リーグ記録。

  

1994(平成6)

オリックスのイチロー選手が185安打、130試合制での日本新記録。

  

2001(平成13)

近鉄のローズ選手は、ダイエー戦(大阪ドーム)で7回、右中間に53本目の本塁打放ち、パ新記録。

 

9月10日

1971(昭和46)

野村克也選手(南海)、大阪の近鉄戦で通算4018塁打。

山内一弘選手の同4015塁打を破る日本記録。


1975(昭和50)

広島球場の広島-中日戦の9回、本塁上のタッチ・プレーをめぐって両チームの選手が衝突。

乱闘となり、機動隊が出動。

 

1993(平成5)

ヤクルト・山田勉投手が広島戦で16奪三振。セ・リーグタイ記録。

 

2004(平成16)

選手会とプロ野球組織との団体交渉が大阪で開かれ、6項目で暫定的に合意に達する。

選手会は1112日のストライキを回避する。

 

参考資料:「日本プロ野球60年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>