日本プロ野球史

■ 9月11日〜20日

9月11日

1937(昭和12)
後楽園球場が開場。
 
1992(平成4)
甲子園球場の阪神対ヤクルト戦は延長15回、6時間26分の史上最長試合に。
 
1997(平成9)
ロッテの小坂誠選手はオリックス戦で、新人プロ野球新記録のシーズン46盗塁を達成した。
 

9月12日

1940(昭和15) 

戦時体制に協力、英語の使用禁止と引き分け試合廃止を決定。

 

1942(昭和17) 

「黒鷲」が「大和」に改称。

 

1950(昭和25)

大阪(難波)スタジアムが開場。

 

1999(平成11)

横浜のローズ選手が広島戦(横浜)で135打点目をマーク。

85年のバース選手(阪神)の134を更新する外国人選手の新記録。

 

2000(平成12)

ナゴヤドームの中日-広島戦は東海地区を襲った記録的な豪雨でグランドに下水1400トンが逆流したため、中止。

 

9月13日

1972(昭和47)

柴田勲選手(巨人)、後楽園の阪神戦で通算400盗塁。

 

1980(昭和55)

阪急・福本豊選手、プロ野球史上初の800盗塁を記録。

 

1981(昭和56)

日本ハム・間柴氏茂有投手、西宮球場での対阪急11回戦に完投し、開幕以来14連勝のプロ野球新記録。

 

9月14日

1949(昭和24)

近畿日本鉄道が新球団加盟申請。 

 

1968(昭和43)

外木場義郎投手(広島)、広島での大洋戦で史上10人目の完全試合を達成。

 

1988(昭和63)

阪神・掛布雅之選手が引退。

南海球団がダイエーに球団譲渡。

本拠地を福岡にすると発表。

 

1994(平成6)

イチローが192本目のヒット。

史上最多安打。

 
1999(平成11)

巨人の上原浩治投手は中日戦(ナゴヤドーム)でプロ入り初完封で14連勝。

66年の堀内恒夫投手(巨人)の13連勝を更新する新人記録。


2003(平成15)

巨人のぺタジーニ選手はヤクルト戦(東京ドーム)の4回に右中間へ、プロ野球史上8万号の記念アーチを放つ。

 

9月15日

1940(昭和15)

「秋季リーグ戦」を「秋季連盟戦」として開幕。

 

1984(昭和59)

西武・東尾修投手が通算200勝。

 

2003(平成15)

阪神は広島戦(甲子園)32で勝ちM1とした後、ヤクルトが横浜に負けたため、18年ぶりの優勝が決定。

 

2004(平成16)

インターネット上の仮想商店街を運営している「楽天」がプロ野球に新規加入したいと表明。

 
2004(平成16)

巨人の阿部慎之助選手は、広島戦で30号を放つ。

捕手で30号はプロ野球史上6人目。

最終的に30本。

 

9月16日

1995(平成7年)

日本ハムダイエー戦(東京ドーム)で1回に、日本ハムのデューシー選手とダイエーのライマー選手が乱闘し、両者退場処分に。

 

1996(平成8)

西武球場の西武ダイエー戦の終了後、左翼席のダイエーファンが王貞治監督の采配に抗議して、発煙筒を投げ込み、約100人が居座るが、1時間10分後に散会。

 

1997(平成9)

福岡ドーム、西武ダイエー戦は台風のため中止。

ドーム球場での中止は、4度目。

 

2000(平成12)

シドニー五輪の野球が始まる。

日本は予選リーグ4位で準決勝に進出するが、3位決定戦で韓国に敗れ4位。

 
2004(平成16)

NPBと選手会の交渉は決裂し、選手会は1819日の計12試合でスト決行を決定。

 

9月17日

1967(昭和42)

若生忠男投手(西鉄)、西宮の阪急戦でノーヒット・ノーラン試合を記録。

 

1968(昭和43)

阪神の江夏豊投手は巨人戦の7回、王貞治選手から三振を奪い354のシーズン最多奪三振を記録。

 

1987(昭和62)

中日・大島康徳が通算16本目の代打本塁打。

セ・リーグ新記録。

 

2003(平成15)

ダイエーの松中信彦選手は近鉄戦(大阪ドーム)で8打点を挙げ年間103打点。

バルデス選手も1打点で100打点となる。

城島健司、井口資仁も両選手100打点に達しており、同一チームで年間4人の100打点はプロ野球新。

 

9月18日

1968(昭和43)

甲子園の阪神-巨人戦で阪神バッキー投手と巨人荒川博コーチが大乱闘。


1994(平成6)

近鉄・中村紀洋選手がサイクルヒット。

 

2004(平成16)

この日と19日の2日間、プロ野球は史上初のストライキに入る。

試合に代わり、各地で選手会によるサイン会などのイベントが催される。

 

9月19日

1949(昭和24)

西日本新聞社が新球団加盟申請。

 

1956(昭和31)

宮地惟友投手(国鉄)、金沢での広島戦で史上3人目の完全試合達成。

  

1965(昭和40)

巨人の王貞治選手が870試合で、通算200号本塁打をスピード達成。

  

1995(平成7年)

オリックスは西武戦(西武)に82で勝ち、阪急時代の84年以来、11年ぶりの優勝。

 

9月20日

1972(昭和47)

王貞治選手(巨人)、阪神23回戦で7試合連続本塁打。

 

1982(昭和57)

日本ハム・江夏豊投手、26個目のセーブを記録、自己の持つシーズン最多セーブのパ記録更新。

 

1994(平成6)

イチロー選手が球史初の一シーズン200本安打を達成。

同日、広島・北別府学投手が引退表明。

 

2004(平成16)

日本ハムのSHINJO選手はダイエー戦で9回裏二死満塁で本塁打を打ったが、前の走者を抜いて単打に。

 

参考資料:「日本プロ野球60年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>