日本プロ野球史

■ 9月21日〜30日

9月21日

1949年(昭和24年)
   毎日新聞社が新球団加盟申請。

1954年(昭和29年)
   南海が8月22日の東映戦から9月21日の西鉄戦まで18連勝の新記録。

1960年(昭和35年)
   金田正一投手(国鉄)、広島球場の広島戦でプロ入り通算奪三振3000の新記録。

1975年(昭和50年)
   近鉄パ・リーグ後期優勝。

1987年(昭和62年)
   広島の衣笠祥雄選手が現役引退を表明。
 
1993年(平成5年)
   三村敏之二軍監督が広島の新監督に。
 
2002年(平成14年)
   西武はロッテ戦(千葉)に敗れたが、2位ダイエーが負けたため、西武4年ぶり、19度目の優勝
   が決定。

9月22日

1962年(昭和37年)
   大洋・三原脩監督が中日戦の先発メンバーに7人の偵察要因を使う。

1985年(昭和60年)
   南海新監督に昭和30年代黄金時代のエース・杉浦忠氏。

1996年(平成8年)
   東京ドーム、巨人―中日戦は台風による交通機関のみだれをめぐり中止。東京ドームの中止は、
   90年8月10日の巨人―中日戦以来で2度目。

1999年(平成11年)
   巨人の松井秀喜選手は阪神戦で40号。日本人で40本は、89年の落合博満選手(中日)以来
   10年ぶりだった。

2004年(平成16年)
   巨人は横浜戦(横浜)でシーズン240本目の本塁打を放ち、80年の近鉄の239本を更新するプ
   ロ野球新記録。

9月23日

1951年(昭和26年)

   アメリカ大リーグ選抜チームの来日を理由に、福井盛太コミッショナー(日本野球機構初代コミッ

   ショナー)が10月9日で公式戦を打ち切ると宣言。

 

1964年(昭和39年)

   王貞治選手(巨人)、広島戦で1シーズン55本塁打の日本記録樹立。

 

1983年(昭和58年)

   日本ハム・江夏豊投手は、31セーブのプロ野球新。

 

1996年(平成8年)

   オリックスは日本ハム戦(神戸)に7対6で勝ち、前身の阪急時代から数え12度目の優勝。

 

2004年(平成16年)

   NPBと選手会は名古屋で団体交渉を開き、来季の新規球団参入に向け、NPBが加盟申請の審

   査を速やかに進めることなどの7項目で合意を交わし妥結。25、26日のストは回避される。

9月24日

1939年(昭和14年)

   名古屋―イーグルス戦で名古屋が24安打の新記録.。

 

1949年(昭和24年)

   大洋漁業が新球団加盟申請。

 

1988年(昭和63年)

   巨人・王貞治監督が辞任。藤田元司前監督が復帰。

 

2000年(平成12年)

   巨人は中日戦(東京ドーム)で0対4とリードされて迎えた9回裏に一挙5点を奪いサヨナラ

   勝ちし、4年ぶり38度目の優勝を決める。

 

2001年(平成13年)

   近鉄のローズ選手は西武戦(大阪ドーム)で55号本塁打を放ち、64年の王貞治選手

   (巨人)のプロ野球記録に並ぶが、残る5試合で新記録ならず。

 

2002年(平成14年)

   阪神―巨人(甲子園)の試合中に2位ヤクルトの敗戦が決まり、巨人も負けたものの2年

   ぶり39度目の優勝決める。

 

2004年(平成16年)

   日本ハムはオリックス戦(ヤフーBB)に7対4で勝ち、レギュラーシーズン最終戦で、暫定

   的にプレーオフ進出を決める。

9月25日

1936年(昭和11年)

   巨人・沢村栄治投手が史上初のノーヒットノーラン記録達成。

 

1975年(昭和50年)

   王貞治選手(巨人)、中日球場の中日戦で2187試合出場のセ・リーグ記録。有藤道世選

   手(ロッテ)、川崎の南海戦でホームランし、入団以来7年連続20本塁打をマーク。

 

1992年(平成4年)

   セ・リーグは残り11~12試合で1位ヤクルトから巨人、3位阪神までが0.5差。稀に見る混

   戦に。
 

1994年(平成6年)

   中日・大豊泰昭選手が対広島最終戦でホームランを放ち、同一カード18本塁打の新記

   録。

 

1999年(平成11年)

   ダイエーは日本ハム戦(福岡ドーム)に5対4で勝ち、南海時代の73年以来の26年ぶり

   11度目の優勝。

9月26日

1944年(昭和19年)

   戦局不利のため秋季戦中止を決定。春、夏のみで年度優勝は阪神に。35試合27勝6敗

   2分。

 

1972年(昭和47年)

   福本豊選手(阪急)、西宮の南海戦で105盗塁の世界記録。

 

1983年(昭和58年)

   藤井寺球場のナイター設備設置問題による訴訟で、近鉄の勝訴になり、ナイター設備工

   事着手を決めた。

 

1990年(平成2年)

   ロッテ・村田兆治投手が引退発表。

 

2001年(平成13年)

   近鉄の北川博敏選手はオリックス戦(大阪ドーム)で2対5でリードされた9回裏無死満塁

   で左中間に代打・逆転・満塁・サヨナラの超劇的な本塁打で近鉄を12年ぶりに優勝に導

   く。2年連続最下位に沈んだ近鉄が頂点に立った。

 

2003年(平成15年)

   横浜の村田修一選手は9月に入って10本目の本塁打を放ち、従来の9本を更新する新人

   月間新記録を樹立。

9月27日

1942年(昭和17年)

   明大・藤本英雄投手が巨人入りして、後楽園球場に登場。

 

1946年(昭和21年)

   セネタースが宿舎付近の雨で西宮球場での対金星戦に不参加、初の放棄試合に。

 

1985年(昭和60年)

   広島・古葉竹識監督が辞任表明。

 

1986年(昭和61年)

   西武の清原和博選手が高卒新人本塁打記録の29本目を放つ。

 

2004年(平成16年)

   実行委員会で来季から両リーグの交流試合を各カード6試合ずつ、1チーム合計36試合

   を行うことで合意。ストで中止になった試合の代替試合を開催しないことも決まり、日本

   ハムのプレーオフ出場が確定。
   オリックス―近鉄戦(ヤフーBB)でパ・リーグのレギュラーシーズンが終了。近鉄は球団最

   後の試合を2対7で敗れる。ダイエー松中信彦のプロ野球史上7人目の三冠王が確定する。

9月28日

1949年(昭和24年)

   広島野球倶楽部が新球団加盟申請。

 

1972年(昭和47年)

   野村克也選手(南海)、西京極の阪急戦でプロ野球初の通算550本塁打。

 

1974年(昭和49年)

   佐藤道郎投手(南海)、後楽園の日本ハム戦で1シーズン58交代完了の日本記録。

 

1978年(昭和53年)

   広島東洋、シーズン・チーム最多本塁打195のプロ野球新記録を達成。

 

2001年(平成13年)

   巨人の長嶋茂雄監督は閉幕前に、世代交代を理由に同シーズン限りの引退を発表。

9月29日

1960年(昭和35年)

   別所毅彦投手(巨人)、プロ入り通算310勝をマーク。

 

1966年(昭和41年)

   セ・リーグは巨人の優勝回数を21回目とすると発表。

  

1974年(昭和49年)

   日本ハムの高橋博士選手は南海戦(第2試合)で、9ポジションをひとりで守る初の記録を達成

   した。 

 

1989年(平成元年)

   阪神の監督に球団OBの中村勝広氏が就任。

9月30日

1962年(昭和37年)

   東映が球団創立以来初めてのパ・リーグ優勝(78勝52敗3分)

 

1965年(昭和40年)

   41年度から外国人選手は1球団2名までと、プロ野球実行委員会で決まる。

 

1984年(昭和59年)

   パ・リーグの全日程終了。阪急・ブーマー選手の打撃四冠決定。

 

1995年(平成7年)

   ヤクルトは巨人戦(神宮)に5対0で勝ち、2年ぶりの4度目の優勝。

 

1999年(平成11年)

   中日は神宮球場でのヤクルト戦5対4で勝ち、11年ぶり5度目の優勝を飾るが、巨人が

   横浜に負けたことで試合中に優勝は決定。

 

2004年(平成16年)

   元オリックス監督の石毛宏典氏が、05年から四国で4球団の独立リーグを発足させる計

   画を発表。

参考資料:「日本プロ野球60年史」「日本プロ野球70年史」「ダイアリー日本プロ野球史」(2005年版)

   <(株)ベースボール・マガジン社 発行>